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幸せになりたいなら生活レベルは上げないほうが良い。さらに言えばそのレベルで結婚できる人を探したほうが良い。

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先日以下のように節約について記載した。

この節約を楽しむうえで自分の考えをコントロールすることが大事になるわけだが、そのためには生活レベルを不必要に上げないことが肝心だと思っている。

不必要に上げてしまうとはどういうことかというと、いつか2ちゃんねる創始者の切り抜き動画で見たのだが、バナナスタンドのことである。

バナナを置くスタンドのことだが、これは普通であれば必要ない、というかむしろバナナにしか使えないスタンドなんて、バナナがない間はただ場所を食うだけで邪魔だし、バナナがあったとしても別にその辺に置けばよいだけなので必要ない。

だが、例えばおしゃれな部屋に住んでいて、それに見合ったアイテムがないとと考え、バナナスタンドを考える人だっているだろう。

これが私的には無駄というか、こういう考えにならないようにするのが肝心だというわけである。

しかし、時にはこのバナナスタンドが必要な時があるとは思う。

例えば彼女を家に呼んだとして、その際に部屋の雰囲気をよく見せるためや、彼女になごんでもらうための話のネタとしてバナナスタンドを準備するのは、私的にはありだと思う。

上記の理由であれば、例えば自分が家にいるときに、バナナスタンドをおいても悪くない雰囲気の家に住めるようになったな~なんて自分の優越感を満たすだけの理由で買っているわけではないし、目的のための手段であるわけだから、それはそれでありだと思う。

ほかにも自分の優越感を満たすことにより、自分に自信をつけさせ、普段のふるまいを良くしたいといったような理由でもありだと思う。

要はバナナスタンドを持つだけで終わりではなく、それを手段として、ほかの有用な目的があることが大事だと個人的には思う。

まあ、上記のことを言っていたら、あれこれ必要なものの範疇に入ってくる可能性が高いが、ただ、やみくもに生活レベルを上げるのはお勧めできない。

(私は彼女を見つけるためにBMWに乗っていたわけだが、それは自分にはお金がありますよということを女性に示すためであり、結果的には結婚出来て子供もいるので成功しているっちゃあ成功している。それは今度書くことにしよう。)

一般的に言われていることではあるが、生活レベルは上げてしまうと下げるのが難しくなるというのはまさにその通りだと思う。

それをばねに頑張り、成功する人も中にはいるとは思うが、生活レベルをなるべく上げないようにして、さらに言えば、自分が何も思わない生活レベルで満足してくれるような婚約者を探すべきである。(仮に満足できない人がいても、住めば都で徐々に慣れていくので、そこまで気にする必要はないかもしれないが。)

生活レベルを上げた後に、生活レベルが下の生活で満足できるように自分をコントロールすることは難しい。もう上の生活を視界から排除する以外にないだろうと思う。

生活レベルが上の生活を見るだけであれば、体験していないので、うらやましくは思うだろうが、恋焦がれるほどではない(多少尾を引くが、そのうち忘れる)。

つらつらと書いてきたが、幸せというのは生活レベルの向上ではないと思う。特に30代で結婚して子供がいる身としてはなおさらそう思う。

確かにある程度の生活レベルは必要だろう。さらに上の生活レベル(例えば賃貸ではなく持ち家が欲しい等)が欲しいという欲求もわかる。

ただ、幸せというのは、現在生きて飯が食えること、さらに言えば好きな人と家族になれたこと、それだけですでに幸せなんだと思うことが大事だと思うし、そう思えるようにしなくてはならないと思う。

しなくてはならないというのは、自分が得る情報を自分でコントロールししたほうが良いということである。(Twitterやインスタ、フェイスブックは今すぐやめたほうが良いとは個人的には思っている。どうしても他社と自分を比較してしまうからだ。)

また、結婚相手もそう思ってくれるような相手でないと結婚生活は厳しい気がする。特に子供ができてからは思うようにいかないことも多くなるので、なおさら地味な生活だけれども、それが既に幸せなんだと思えるようでないと、ストレスになるだろう。

そういう意味では、日々の生活で幸せに感じられるように、自分から相手に何かしてあげるのが大事だと思う。

それは私にもできていないことなのだが、私の妻であれば食べることが好きなので、たまに甘いものを買ってくるとか、出張に行ったらお土産を買うとか、食べ物で釣ると割と機嫌がよくなったりする。

そういう細かいことでも生活がスムーズになる。

現在不満がいろいろあるのは現在の生活レベルのせいだから、生活レベルを上げればその不満がなくなるはず、と考えるのはまずいと思う。(大きい家に住みたい、大きい車に乗りたい、高くておいしいものが食べたいなど)

現在の生活レベルで、どうやったら楽しく過ごせるだろう、どうやったら楽にスムーズに生活できるだろう、何か足りないとして、この生活レベルの範疇で解決するにはどうするべきだろうと日々考え、現在の生活レベルでの生活や悩みを楽しむべきだし、そういう考えでないと、すべてを生活レベルのせいにしかねない。

これでは際限がないし、悩みが尽きることがない。

生活レベルを上げることが解決手段だと思うことが不幸せの始まりであるし、悩みがない、もしくは解決手段を考えることが楽しい、手間がかかるけど解決できなくてもいいやという状態に持っていくことが幸せということだと思っている。

幸せというのは、現在生きて飯が食えること、さらに言えば好きな人と家族になれたこと

上記のように思えば、生活する上でのほとんどのことは取るに足らないこと、どうでもいいことなのである。

家に帰って、家族で飯食って寝る。

この生活が続けられれば、それはすでに幸せである。

そう思うように自分をコントロールすることが、幸せを維持する秘訣だと思う。

上記の理由で、むやみに生活レベルを上げて、その生活を実感してしまうことは、幸せから遠のくことになりかねないし(ある程度必要なものはあると思うが)、ある程度のレベルで満足し、現状どうすれば良いか、工夫できるような伴侶を見つけると幸せに近づけるのではないかと個人的には思う。

結婚していない人がとるべき戦略はまた別だと思うので、それは後日書いてみたい。

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