【83話】下水道(4)―赤髪の狂気
気づいたときには遅かった。
ミーシャも、ドゥワルキーも、ヒクロドも、ロトミラーも――皆、瞳を見開いたまま硬直していた。
「……何だ、これは?」
首筋に細く長い針が突き刺さっている。もちろん自分の首にも。
次第に痺れが広がっていく。
バジリスクの麻痺毒
「キャラクターは『バジリスク麻痺毒』に侵されています」
「物理ステータス300以上のため、効果は半減します」
心臓は爆音のように脈打ち、頭は冷静に戦闘態勢を整えた。
盾を掲げ、重心を落とす。全神経を音へと集中する。
沈黙。水滴の音。小石の転がるかすかな音。
『ステルスか……』
すぐに結論を下す。時間を稼げば毒が回るだけ。
ならば――
「ベヘルラァァァァ!!」
全力で咆哮し、【ワイルドリリース】を発動。
脅威度が人間に絶対的効果を持つわけではないが、恐怖や挑発の要因にはなる。
赤髪の女 ―アメリア
「……妙な感覚だな、バーバリアン」
声が響いた瞬間、全身に冷や汗が流れる。
前にも後ろにも聞こえるその声。だが女の声は覚えがあった。
「……お前か」
死者の地で出会った、赤髪の狂気の女。右耳が半分裂けたあの姿。
アメリア・レインウェイルズ――第8階層を活動拠点にする、オーラ使いの超格上探索者。
「強くなったな。毒を食らってなお動けるとは」
相手の余裕に反して、こちらは全力で恐怖を押し殺すしかない。
「扉」と「侵入者」
「なぜ約束を守った俺を殺そうとする?」
「殺そう? 違うな。お前は“扉”を開き、ここに侵入した」
意味が分からない。だが会話の中で徐々に見えてきた。
彼女は、この下水道の奥――古代都市の「門」を守る者らしい。
「どうやって扉を開けた?」
「……メイスでぶっ壊した」
「……はぁ?」
魔法を信奉する者ならあり得ない回答。しかしアメリアは納得する。
彼女は純粋な合理主義者。
「誤解は解けたな。じゃあ帰るぞ」
「いや――知ってしまった以上、生かして帰すわけにはいかない」
やはり戦いは避けられない。
捨て身の開戦
鎧を脱ぎ捨て、盾もメイスも投げ飛ばす。
呆気に取られるアメリアに、問答無用で突進。
だが当然、彼女は軽やかに回避。
――そこからが本命。
「【巨大化】ッ!!」
突進の瞬間、身体を倍に膨れ上がらせ、伸びた腕で彼女を捕らえた。
驚愕の表情を浮かべるアメリア。
首を掴み、渾身の拳を叩き込む。
ドゴッ!
重い衝撃。血を吐く女。
続けざまに拳を叩き込む――
だが、冷静さを取り戻したアメリアの短剣が閃く。
「肉体爆散」
直感で理解した。オーラの刃は【物理耐性】すら無意味。腕ごと切り飛ばされる。
『なら、こっちが先だ』
握る手を爆散させ、酸性の血をぶちまける。
一瞬の硬直。その隙に、腹へ連打を叩き込む。
ドガッ! ドガッ! ドガッ!
女の口から血が溢れる。勝機を確信しかけたその時――
「自己分身」
「……面白い」
彼女の口元に笑みが浮かぶ。
「【自己分身】」
次の瞬間、背後から別のアメリアが襲いかかる。
ドッペルゲンガーの守護者から得られるという超レアエッセンス。
「お前も吸血鬼の力を持つなら、このくらい耐えられるだろう?」
「【修羅蹴】ッ!!」
分身が宙を舞い、渾身の回転蹴りを顔面に叩き込む。
グワァァン――!!
視界が反転し、轟音と共に頭部が吹き飛んだ。
不死の代償
意識は途切れる。
だが、完全な死ではない。
「キャラクターはパッシブスキル【闇の源】の効果により、心臓を破壊されるまで死なない」
「効果【不死】により、再生速度が大幅に上昇」
どこか遠くで、心臓の鼓動だけが鳴り響いていた。
第83話 感想と考察
- アメリア再登場
死者の地で出会った赤髪の女が本格的に敵として立ちはだかる。
彼女は下水道の奥に広がる古代都市「ノアーク」へ繋がる門の番人だった。 - 格の違い
リオキス戦を生き延び、成長したビョルンですら圧倒される。
それでも戦術(投擲+巨大化+肉体爆散)を組み合わせ、一定のダメージを与えたのは大きな進歩。 - 自己分身という反則
ドッペルゲンガー守護者の超希少エッセンス【自己分身】。
ただでさえオーラ使いのアメリアにとって、隙のない能力追加。 - 不死の真価
吸血鬼の本質スキル【闇の源】による“不死”。頭を吹き飛ばされても死なず、再生が始まる。
ここからどう巻き返すのか――次話への大きな引き。
👉 次の84話では、不死再生を利用したカウンター戦術が描かれる可能性が高いです。
仲間たちはまだ麻痺状態。ビョルン一人でこの化け物にどう立ち向かうのかが注目ですね。