下水道(5)
倒れた巨躯と赤髪の女
バーバリアンのビョルンが頭部を吹き飛ばされ、地面に崩れ落ちた。
赤髪の探索者――アメリア・レインウェイルズは息を荒げながら自らの肋骨の痛みに気づく。
「……油断の代償ね」
確かに勝利はした。しかし、ほんの三か月前に迷宮に入ったばかりのバーバリアンにここまで傷を負わされたこと自体が驚きだった。
彼女は長年、最も才能ある冒険者と呼ばれ続け、20年もの経験を積んできた。その彼女ですら危機感を抱くほど、ビョルンは急成長していたのだ。
不死の力
一方のビョルンは、吸血鬼の本質スキル【闇の源】によって死を免れていた。
頭部を吹き飛ばされても心臓が破壊されない限り死なず、さらに【不死】の効果で肉体は再生し続ける。
「……怪物のような再生能力ね」
アメリアはダガーを収め、ポーションを取り出してビョルンの傷口に注ぐ。彼女にとって彼は“殺すべき対象”ではなかったからだ。
記憶を消す薬
やがて意識を取り戻したビョルンは、彼女に問いかける。
「なぜ殺さなかった?」
アメリアの答えは単純だ。――彼らは王家の間者でも敵でもない。だから殺す必要がないのだと。
そして彼女は黒ずんだ錠剤を取り出す。
「これはノアークの錬金術師が作った薬。飲めば直近1時間の記憶が消える」
それを飲めば、下水道の“門”や彼女の存在を覚えてはいられない。
ビョルンは反論を試みるが、強引に口をこじ開けられ薬を流し込まれた。
仲間の記憶は消えたが…
目を覚ますと、そこは再び下水道。
ビョルンの仲間――ミーシャ、ドゥワルキー、ヒクロド、ロトミラーも気を失っていたが、彼らの装備は脱ぎ捨てられているだけで無事だった。
仲間たちが次々と目を覚ますと、皆一様に首を傾げる。
「俺たち……なぜ気を失っていた?」
「追っていたのはあの悪女のはず……」
不思議なことに、彼らは“記憶”を失っていた。最後の記憶は「逃亡者の隠れ家を追っていた」ところで止まっている。
しかしビョルンだけは違った。薬を飲まされたにも関わらず、彼だけは全てを覚えていたのだ。
死んだはずのエリサ
仲間たちとともに装備を整えていると、ロトミラーが声を上げた。
「みんな、あれを見ろ!」
そこには――かつて因縁を持った女司祭、エリサの死体が転がっていた。
手足は無惨に粉砕され、完全に息絶えている。
仲間たちは混乱する。
「どうして記憶がない?」
「俺たちはこいつを倒したのか?」
ドゥワルキーが魔力の痕跡を調べ、確かに自分の【麻痺毒】が残っていると証言。
さらにロトミラーは「死体の損壊具合から見て、倒したのは俺たちに違いない」と推測する。
結論として、彼らは「戦いの末に勝利したが、エリサの邪悪な力で記憶を奪われた」と整理した。
ビョルンの沈黙
だがビョルンは真実を知っている。
記憶を消す薬を渡されたのは自分だけだった。そして効かなかった。
本来なら仲間たちに全てを語るべきだろう。
しかし彼は口を閉ざす。
「もし知られれば、アメリアが再び自分を狙ってくるかもしれない」
生き残るため、ビョルンは沈黙を選んだ。
下水道の秘密
こうして一行は混乱を抱えたまま地上へと戻る。
ロトミラーは「寺院に行き、身体に異常がないか検査しよう」と提案し、仲間たちも同意する。
ビョルンは最後に一度だけ振り返り、暗い下水道の奥を見つめた。
そこには“自分が知らない世界の秘密”が眠っている。
好奇心が疼く。だが彼は苦笑し、思いを振り切った。
「……命の方が大事だ」
第84話のポイント・考察
- アメリアは敵か味方か?
殺すこともできたのに、彼女はビョルンを生かし、仲間の記憶を消して帰した。単なる狂気ではなく、彼女なりの規律がある。 - ビョルンだけが真実を知る
仲間たちは「記憶を奪われた」と思い込んだが、実際は薬による操作。しかも効かなかったのはビョルンだけ。この差が今後どう影響するか。 - エリサの最期
宿敵エリサはついに死亡。しかし、その死に至る過程は謎のまま。アメリアが処理した可能性が高い。 - 下水道=禁断の領域
古代都市ノアークと繋がる“門”の存在が示唆された。ここから物語はさらに大きなスケールへと広がっていく。
まとめ
第84話は、ビョルンが“不死”の真価を示しつつ、強敵アメリアと奇妙な共存関係を結んだ回でした。
仲間には知らされない秘密を抱え、下水道の深淵に潜む謎はそのまま残る。
次回は、彼が「知ってはいけない真実」とどう向き合うのかが注目されます。